时令鲜货 大量上市
北陸路の富山湾に春を告げるのは、蜃気楼とホタルイカである。片や海上に浮かぶ白日のまぼろし、片や夜の海を青い色に染める光。蜃気楼は現地でしか拝めないが、物流の進歩はありがたく、旧知の人から新鮮なホタルイカが送られてきた
在北陆路的富山湾,宣告春季来临的是海市蜃楼和荧光墨鱼(Watasenia scintillans)。一边是漂浮于海上白昼的梦幻,一边是黑夜里点缀着海面的熠熠蓝光。海市蜃楼不到当地不得拜见,而令人可喜的是,随着物流的发展,老友却可以给我送来新鲜的荧光墨鱼。
食卓から「旬」の感覚が薄れつつある昨今だが、山海の幸は季節の恵みである。さっそく茹でて、分葱を添えて酢味噌で食した。ぷりりとした身が口の中ではじけて、ほんのりと甘い
现如今,餐桌上“时鲜”的感觉已经越来越淡漠了,可即便如此,山珍海味仍然是季节给予的恩赐。匆忙焯一下,添上些许分葱,外加醋味黄酱便可食用。暄腾的鱼身嚼起来富有弹性,还透着那么点淡淡的甘甜。
「はしり」から「さかり」そして「なごり」へと、旬の移ろいは早い。芥川賞作家の円城塔(えんじょうとう)さんが「春の食材は逃げて去る」と随筆を小紙に寄せていた。タラの芽やコゴミといった山菜などもいさぎよくてせっかちで、「逃すとまた来年になる」と行く春を惜しむ
从“刚上市”到“大量上市”再到“落市”,时鲜的变化很快。芥川奖获得者作家円城塔先生在投稿给敝报纸的随笔中以惜春的口吻叙述道“春天的食材一溜烟地离我而去”,像刺嫩芽(Aralia elata Seem)草苏铁(Matteuccia struthiopteris Todaro)之类的山菜更是风风火火来去匆匆,“一旦错过,只得再等来年了”。
季節の味の愛(め)で方は色々だ。江戸っ子は大枚はたいて初鰹だが、上方では合理的に出盛りを食べる。前に小欄でそう書いたら関西の人から異論が届いた。たとえばタケノコなど、はしりを珍重すること江戸の初鰹に負けないそうだ
对于应季美味的偏好各式各样,江户仔倾其所有都要吃上一次初鲣鱼(Katsuwonus pelamis),而在上方(近畿地区)则比较合理地食用于大量上市之时。如此观念见诸于之前敝栏目后,不料却收到了关西人士的不同看法。例如,春笋等时鲜货就特别讲究在刚上市时品尝,这一点并不亚于江户人对初鲣鱼的倚重。
歳時記を調べると、筍は初夏の季語だが、春には「春の筍」という季語がある。〈足裏を春筍が押し返す〉小林やす子。春先、まだ地表に頭も出さぬ初物を喜ぶ食通は少なくないらしい
根据对岁时记的查证,笋是初夏的季语,“春笋”才是春天的季语。〈踏青郊游好风景,茅屋石桥小竹林,只觉足底反弹力,春笋冒尖赶时新〉小林靖子创作。看来,初春时节喜好笋尖尚未冒出地面时鲜货的美食家还不在少数。
季節は進み、滋味を重ね着に包んだタケノコが今を盛りと店先に並ぶ。これも「逃すとまた来年」の味である。ときならぬ寒さをくぐって、様々な「春の幸」が南から北へと駆け上がる。津々浦々で、人が囲む食卓を彩りながら。
随着季节的迁移,滋味越发浓郁的嫩笋如今已大量上市摆放在店铺门前。这也是“错过了,等来年”的时鲜货。顶着不合时宜的严寒,各种各样的“春季珍品”正从南逐步北上,丰富着全国各地人们围坐着的餐桌。
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